人は、誰でも自分の物語を持っています。
コーチは、その物語を聞く仕事だと、私は思っています。
「私の人生はとても幸せだ。」
単純ですが、これは一つの物語です。
こういう人は、例え会社で意に沿わない評価をうけたり、思わぬ事故に巻き込まれたりしても、「幸せな人生」という大きな流れの中のハプニングと捉えます。
もちろん、その瞬間は、不満を言ったり落ち込んだりもするでしょう。
でも、物語が根底にあると、
「あの時の対処が良くなかったんだ。」
「あの時は、ついてなかった。」
と不本意な出来事をポイントで捉えて、また幸せな人生に戻っていくのです。
非常に単純化した、極端な例ですが、物語はそのような力を持っています。
「計画された偶発性理論」スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授らが提唱したキャリア理論です。
彼らの調査によると、「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される」といいます。
そこでクランボルツ教授は、偶発的な出来事への向き合い方や捉え方にこそ、より良いキャリア形成のコツがあると考えました。
むしろ自ら計画的に、キャリア形成のプロセスに偶発的な出来事を起こしていくような、好奇心、楽観性、冒険心。
キャリアを追及し続ける持続性や柔軟性。
これらの行動様式こそが、キャリア形成に意味を持つと提唱しています。
ただしこの理論は、そもそも計画はいらない、といっているわけではありません。
あくまでも、あなたのキャリアや人生の所有者はあなた自身です。
変化の激しい荒波の海原の如し時代、荒波に向かっていくという物語をあなた自身が描くんだ、という考えが土台にあります。
自分の物語をもつことにより、外的要因を取り入れながら前進するしなやかな強さを身につけられる。
そのことを、キャリア形成の側面からも、証明してくれている理論です。
ところが、ここで注意点が一つ。
実は、我々はいつも一つの物語を生きているわけではないのです。
キャリアや、ビジョンなど意図的に作った物語以外に、すでに無意識に作ってきた物語が存在するのです。
そして、無意識の物語は、あるとき強烈にパワーを発揮します。
そのパワーは意識的な物語を凌駕し、私たちの感情や行動をコントロールすることもあります。
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Aさんが持っていたリーダーとしての物語は、
「部下を認めパートナーシップを組みながら対等な関係を創っていくものである」
というものでした。
ところが、今回任されたチームの部下たちは、Aさんの思い通りに動いてくれません。
言われたことしかやらない
間違いが多く、納期もよく遅れる
間違いを指摘すると言い訳をする
予期せぬ、不測の事態だらけです。
結果としてAさんは、部下を指示・叱責し、しまいには仕事を取り上げ自分で完成させていました。
そしてAさんは、部下から距離を置かれていることを感じ始めていました。
Aさんは、自ら描いた物語とは真逆の行動ばかりとってしまう自分に、悩んでいました。
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自分の思い通りにならない自分
自分の理想と違う自分
そういう自分を受け入れるのは、とても重たいものですね。
そういう時には、次のように視点を変えてみましょう。
私は思い通りにやっている
これが私の大切な物語なのだ、と。
つまり、Aさんには物語が複数あるとしたら・・・・
Aさんはある物語と異なることをやっているように見えて、実はもう一つの物語には忠実に行動していたとしたら・・・
丹念に掘り下げて考えてみて、Aさんは「部下とパートナーシップを築くリーダー」物語を描く一方で、「部下は上司に従うべきだ」という物語も持っていたことに気づきました。
これが、無意識の物語の存在です。
人は、意識的に物語を創り始める以前から、育ってくる過程で周囲の環境とうまく折り合うため物語をつくっています。
この時は、自分が物語を作っている自覚も明確にはない事がほとんどです。
理想の物語というよりは、生きのびるために必要と信じている物語です。
人に好かれなければいけない
自己主張しなければ認められない
もっと努力しなければならない
これらは、自分の状態が良い時や、うまくいっている時には静かに眠っています。
ところが、ストレスが高まったり、物事がうまくいかなくなったりすると、脳が「適合していないぞ」と緊急事態宣言を発令します。
その瞬間、「理想の物語語っている場合じゃないでしょ~」、ということで、自動的に作動してしまうのです。
無意識の物語の問題は、多くの人が自分の物語であるにもかかわらず「無意識」のまま抱えている、という事にあります。
物語は、言葉にすることで、初めて明確に意識できるようになります。
意識できて初めて、強化したり、再構築したり、「扱える」ようになります。
無意識の物語は、人に認められたいとか、出世しないといけないとか、大人になればなるほど、上に立つ人であればあるほど、人に言ったりすると「ちいさっ」と思われたりしそうなことも多いのです。苦笑
そのような物語に向き合うからこそ、物語を再構築し、より早く成長し、自由度が高まっていくものでもあるのです。
コーチは、そのような物語も含めて、聞く仕事だと、私は思っています。
もしも、コーチに対してでも、他人に話すのは気が引けるという場合、ぜひ紙に書き出してみてください。
意識的な物語は、「~したい」という語尾が付けられます。
無意識で、注意を払う必要がある物語は、「~べき」「~でなければならない」という語尾が付けられます。
皆さんは、どんな物語を持っているでしょうか。
物語を描くからこそ、偶発的な出来事を自分にも組織にも自ら招き力に変えることができる。
変革の時代のリーダーの醍醐味の一つではないでしょうか。